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2013.02.03 Sunday

勝手に解釈・私の「日本のフォーク史」その4

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     聞いた話をすぐに載せるのは、ちょっと性急かと思いましたが、近頃忘れやすいのでメモとして記してみます。


    [フォークジャンボリーの真実。]


    なぜ第三回全日本フォークジャンボリーが途中で紛糾して中止になったのか。

    工房へマーチンギターの修理依頼に来られた地元恵那のお客さんからお聞きしました。


    NHKがドキュメンタリー番組を取材に来ていたことが原因だったと、教えてもらいました。あまりこのことは、知られていないと。


    これまでは、資料などからステージの分け方や出演順を巡って出演者からのトラブルが原因かと思っていましたが、どうも集まった観衆から主催者側への意見申し立てが端を発しているようです。


    第一回、第二回とだんだん話題になり社会現象にもなってきた「中津川フォークジャンボリー」。その話題を取材しに来た巨大マスコミの権化NHKまたは商業主義、それに対し手つくりで会を催してきた参加者が反発した、それが真実だと言うのです。


    「反権力」だったと、続きました。フォークの歴史も披露しながら話に熱が入ります。「権力」に対する「力」が「音楽」と結びついたのでしょう。若者はそこに惹かれ自ら作詞作曲し自ら声を枯らして歌います。


    「権力」に歯向かう武器としての音楽。そこに楽器がありフォークギターがありました。そんな風に私は捉えました。


    興味が尽きない私は椅子から身を乗り出してつぎつぎに質問します。
    花の湖は国鉄駅「坂下駅」からけっこうな距離です。なぜ、こんな地方の外れでビッグイベントが催されたのか?


    「中津川労音」「笠木透」「高石ともや」などの名前があがりましたが、詳しい事情は得られませんでした。これについてはもっと内部の人間のお話が聞かれたら綴ってみたいと思っています。


    またフォークジャンボリー神話に惹かれ別の県から移住してきた車の修理屋さんにお聞きしたら、地元に手弁当で会を運営・設営した人達が結構おられるとお聞きしました。


    恵那市・中津川市には音楽同好会が今もたくさん存在します。絵画サークルの数も全国有数だそうです。
    これは、中津川が中仙道の宿場であり苗木藩の城下町であったことも、現在の文化系サークルに少なからず影響を与えてると想像します。日本画の前田青邨も出ていますし、坂下町の木曽川向かいは島崎藤村が出ています。


    独自の「華道」も盛んだと聞きましたが、これは「茶道」に繋がりますね。「栗きんとん」が「お茶」のお供だと考えれば、「茶道」「歌人」などの文化人が、この町に絶えず新しい息吹を注いでいたことになります。


    ちょっと地元びいきの解釈ですが、「中津川フォークジャンボリー」がこの地で行われたことは、中津川・恵那の財産だと私は思います。

     

    先のマーチンギターをお持ちのお客さん、「飛び出せ青春!」の主題歌「太陽がくれた季節」で大ヒットしたグループ「青い三角定規」のギタリスト「岩久茂」さんの同郷の友人でして、下のシングル盤に写っている「ヤマハFG・赤ラベル」の持ち主でした。実際に見せて戴きましたが、カラッとした抜ける音でコンディションさえ保っていれば、名機として残るだろうと感じました。



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